区域外避難者をめぐる問題について(2)~公的支援の欠如[住宅支援]

区域外避難者に対して公的支援は乏しいものでした。今回は,住宅支援についてどうであったかについて述べたいと思います。

住宅支援に関して,福島県全体が災害救助法の適用地域であったため,本来は,福島県から県外に避難した区域外避難者については,「みなし仮設住宅」が提供されることになります。
しかし,多くの自治体で,区域外避難者の応急仮設住宅扱いの住宅への入居が区域内避難者よりも後回しにされていました。
例えば,東京都のケースを挙げます。東京都では,区域内避難者に対しては,2011年4月以降,都営住宅や公務員宿舎を「みなし仮設住宅」として提供してきました。しかし,区域外避難者に対しては,同年4月1日からの「みなし仮設住宅」への入居は原則として認めませんでした。
多くの区域外避難者は,1次避難所から,2次避難所である旧グランドプリンスホテル赤坂(赤坂プリンス)に誘導され,そこで生活するようになりました。しかし,赤坂プリンスも2011年6月30日で閉鎖されてしまいました。2011年7月以降,区域外避難者も「みなし仮設住宅」への入居が認められるようになりましたが,東京都は,赤坂プリンスの閉鎖後の移転先として厚生労働省通知によって避難所扱いとされた旅館・ホテルを勧めていました。そのため引き続き旅館やホテルでの「避難所」生活を続けた人が多かったのです。赤坂プリンスや旅館・ホテルでの生活と聞くと,立派な建物に優雅に過ごしているかのごとく感じる方もいるかもしれません。しかし,実際には,家族で生活するには部屋が狭い上に,台所や子どもを遊ばせるスペースもなく,家財道具などもあまり持ち込めないなど極めて不都合なことばかりでした。例えば,赤坂プリンスでは,乳幼児用のミルクや離乳食が当初なかったり,洗濯機の使用が有料だったりなどしていました。また,電話などのホテル備付けの備品が取り外されていたため,更に不便さは増しました。しかも,管理者である東京都は,面会者が夫などの近親者であっても部屋に入れない,事前に予約をしないと面会ができない等の奇妙な「面会ルール」が一方的に定めました。避難者は,自由を制限され,心身ともに疲れ果てていくことになりました。
また,みなし仮設住宅に入居すると日本赤十字社から避難者に生活家電セット(洗濯機,冷蔵庫,テレビ,炊飯器,電子レンジ,電気ポットの6点)が贈られましたが,ホテル・旅館に滞在している避難者は「仮設住宅ではない」という理由で家電セットの支援を受けることができませんでした。
このように避難所や旅館・ホテルでの避難生活は,不安定で窮屈なものでした。そして,区域外避難者は,長期間にわたり,こうした生活を長期間強いられることになったのです。

また,福島県内に避難した区域外避難者(例えば,福島・郡山・いわきなどから,会津への避難など)は,福島県の政策によって,2012年11月まで住宅支援を全く受けられない状態が続いていました。2012年11月以降に制度が若干変わり,一定の条件を満たせば,入居している賃貸住宅を「みなし仮設住宅」にすることができるようになりましたが,条件を満たす住宅に入居していた区域外避難者が少なかったため,住宅支援を受けられる者は極めて限られてしまいました。そのため,福島県内では,多くの区域外避難者が住宅支援を受けずに,全くの自費で避難を続けているのです。

続きは後日述べたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です