福島原発被害東京訴訟・第2陣訴訟・第6回裁判期日のご案内

国と東電の責任を問う!!
福島原発被害東京訴訟第2陣(3・4次訴訟)の第6回期日が12月4日(水曜日)に開かれます。
ぜひ多くの市民のみなさんの傍聴をお願いします。

★日時:2019年12月4日(水)10時30分開廷
★場所:東京地方裁判所103号法廷
(千代田区霞が関1-1-4 地下鉄霞が関駅A1出口すぐ)
★報告集会:
時間:裁判終了後(11時ころ~12時くらいまで)
会場:弁護士会館5階 502EF会議室(裁判所東側日比谷公園寄りの建物)

※法廷では、弁護団による意見陳述を予定しています(30分ほど)。

※傍聴券は不要です。裁判所に入る時に手荷物検査がありますので、開廷時刻の15分ほど前までに裁判所に来て手荷物検査を受けてください。

※期日に先駆けて、裁判所正門前では、午前9時半すぎから、原告団・弁護団による傍聴の呼びかけ(スピーチ)が行われますので、是非、そちらにもご参加ください。

★問い合わせ:福島原発被害首都圏弁護団(03-5362-0138 オアシス法律事務所内)
弁護団FBページも是非見てください!
https://www.facebook.com/genpatsuhigai.shutoken.bengodan/

★原告団から
私たち東京訴訟は、皆さまの応援に支えられ、2018年3月の第1陣の判決では、晴れて国と東京電力を断罪する勝訴判決を得ることができました。しかし、その判決の中身は、私たちが納得できるものとはまだまだ遠く、特に損害については、私たちの想いが裁判所に届いていないことを思い知る内容でもありました。今後、ますます想いを強め、司法に、国民に広く訴えていきたいと思っております。
そんな中、東京地裁では、昨年7月から第2陣の審理が始まりました。第2陣の原告には、東京在住の避難者だけでなく、福島県内(田村市早稲川地区、中通り地域)の被害住民や、放射能汚染が深刻であるにもかかわらず全く賠償がなされていない栃木県北部(那須地域)の被害住民が共に加わっています。もうすぐあの原発事故から8年が経ちます。私たち原告は、あの日どこにいたのか、どんな仕事をしていたのか、避難したのか、故郷にとどまったのか、それぞれ違いますが、国と東電に原発事故の責任をとらせる、その目標のためにこの裁判を共にたたかっています。
期日には、多くの原告が参加します。どうか、傍聴で応援してください。

福島原発被害東京訴訟・第1陣訴訟・控訴審第1回期日のご案内

写真の説明はありません。

★国と東京電力の責任を問う!いよいよ控訴審スタート!

原発事故の区域外避難者が国と東電を相手に訴えている福島原発被害東京訴訟(第1陣)の控訴審がいよいよ始まります。第1回期日は2019年10月17日(木曜)午後2時から、東京高等裁判所1階の101号法廷で開かれます。
当日の法廷では、原告と弁護団の意見陳述がありますので、ぜひ聞きにいらしてください。原告の皆さんが1審・東京地裁で勝ち取った勝訴判決をベースに、より多くの被害とその深刻さを裁判所に認めさせる闘いが始まります。国や東京電力も激しく反撃してくるでしょうが、絶対に負けられない闘いです。原発事故被害者の皆さんを応援するため、多くの市民の皆さんの傍聴をお願い致します。
法廷終了後、当日午後4時ころから、「TKPスター貸会議室銀座」(東京都中央区銀座6-2-10合同ビル2F)の「カンファレンスルーム2G」に移動して、報告集会を行います(1時間半程度)。裁判所からは日比谷公園を抜けて行くと近道で、移動時間は10分程度です。こちらにも、ご参加ください。

▽問い合わせ先=〒160-0022 東京都新宿区新宿1-28-3 TSG御苑ビル3階 オアシス法律事務所内 福島原発被害首都圏弁護団/電話 03-5363-0138/FAX 03-5363-0139
メール shutokenbengodan@gmail.com
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報告集会会場の地図はこちらです↓
https://www.kashikaigishitsu.net/facilitys/st-ginza/access/

都内避難者の追い出し問題 〜福島県議会が5世帯提訴を議決

<朝日新聞2019年10月4日朝刊>

福島県議会は、2011年3月11日に発生した福島原発事故による放射線被ばくを避けるために、福島県内から東京都内に避難し、避難者用の住宅として提供されていた都内の国家公務員宿舎に住む5世帯の避難者に対し、住宅の明渡しと賃料相当損害金の支払いを求めて、提訴することを可決しました。

この対象となった5世帯のうち、4世帯の避難者は、今東京地裁、東京高裁でたたかわれている福島原発被害東京訴訟の原告でもあります(加害者である東電と国を被告とした損害賠償請求の裁判)。

そこで、去る10月3日の夕方、急遽記者会見を行い、原告団の抗議声明を発表しました。

 

【なにが問題なのか】

そもそも、上記の5世帯が住んでいる国家公務員宿舎は、当然国の所有物ですから、本来避難者に対して明渡しを請求するのであれば、国が自ら当事者となって手続を行う必要があります。

しかし、仮に国が直接の当事者となって原発事故の避難者に対して住宅の明渡請求を行なった場合、原発事故の加害者である国が、被害者である避難者に対して、避難用住宅からの追い出しを図っているということで、大問題となります。当然、裁判でも国の責任をめぐって紛糾することが予想されます(ちなみに、福島原発事故に対する国の加害責任については、上記福島原発被害東京訴訟第1陣訴訟の第1審である東京地裁平成29年3月16日判決をはじめ、各地の裁判所で認められています)。

そこで、国は、卑劣にも、原発事故発生地の福島県に対して、2019年4月以降の国有財産(上記都内の国家公務員宿舎)の使用を認める許可を出します。

そこで、国から使用権限を与えられた福島県は、上記5世帯の国家公務員宿舎は、当然避難者が居住していて、福島県自らが使用することができないという理屈(屁理屈?)で、上記使用権限に基づいて、原発事故の避難者5世帯に対して住宅の明渡しを迫っているのです。

このように、国がそこに居住する避難者に断りなく、第三者である福島県に対して使用許可を与えた実質的な目的は、国の手を汚さずに、福島県を使って避難者の追い出しを行わせようとするもので、そのやり方は卑劣極まりません。いわば、福島県は避難者「追い出し請負人」というわけです。

そして、第三者に追い出しをさせる目的で、国家公務員宿舎(行政財産)の使用許可を与えることは前例もなく、国有財産法18条6項の行政財産使用許可制度の趣旨や、弁護士以外の者による債権取り立てを禁止している弁護士法72条にも著しく反するものです。

【避難者いじめの不正義を許してはならない】

今回明渡請求の対象となっている上記5世帯は、いずれも政府による避難指示区域以外の地域から避難している世帯です(区域外避難者)。

ですから、加害者である東電からは、ほとんど賠償を受けていませんので、経済的に大変苦しい世帯も少なくなく、避難者用住宅の無償提供は、区域外避難者に対する数少ない行政的支援だったのです。国と福島県は、その区域外避難者に対する最低限の支援すら打ち切り、区域外避難者をさらなる困窮に追い込もうとしているのです。

避難指示区域外の地域であっても、現在も空間放射線量が高い地域もあり、土壌の放射能汚染が深刻な地域も少なくありません。ですから、避難元に帰って安心して暮らせるという環境とは必ずしも言えない状態が続いていますし、幼い子どもさんがいる世帯では、なおさら帰ることには躊躇してしまいます。

今回の国と福島県の上記対応は、こうした区域外避難者に対して、事実上避難を打ち切って避難元に帰ることを強要するものであり、決して許される行為ではありません。

さらに、上記で見たとおり、明渡請求の対象となっている5世帯のうち、4世帯は現在裁判でたたかっている福島原発被害東京訴訟の原告です。

ですから、今回の避難者追い出しの措置は、事実上、福島原発被害東京訴訟の原告を狙い撃ちにして、同訴訟の継続を困難にさせようとするものです。

原発事故の加害者によるこのような不正義を決して許してはなりません。

今後、福島県による提訴がなされた場合には、我々は徹底的にたたかう覚悟です。

どうか、皆さまのご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20191003003734.html

 

福島原発被害東京訴訟第2陣訴訟・第5回口頭弁論期日のご報告

画像に含まれている可能性があるもの:2人、座ってる(複数の人)、室内

去る9月4日(水)に、東京地方裁判所で、福島原発被害東京訴訟の第2陣訴訟の第5回口頭弁論期日が開催されました。

 

この日は、福島県の中通り地域(福島県伊達市)に住むある女性の原告が、法廷で意見陳述を行いました。

 

栃木県の伊達市は、避難指示区域外の地域ですが、実は、原発事故の放射線被ばくを相当程度受けている地域です。

 

しかしながら、実際には区域外ということで、ほとんど被害の救済がなされていない地域です。

 

福島原発被害東京訴訟は、この避難指示区域外の原告が中心となっている裁判です。

 

今回の裁判では、上記の原告は、福島県伊達市における被害について、克明に意見陳述を行いました。

 

以下で、その意見陳述の内容を以下で紹介します。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

私たち家族は、自然環境の豊かな所で⼦供たちをのびのびと育てようと思い、今住んでいる伊達市に、⼟地を買い、家を建てて、福島市から移り住みました。住宅ローンを払い続けるのは⼤変でしたが、暮らしは質素ながらも、楽しく暮らしていました。

 

家を建てて8年経った2011年3⽉11⽇、福島第1原発事故が起き、私たち家族の⽣活は⼀変してしまいました。私と夫は42歳、息子は小学5年生、娘は小学3年生でした。

 

当時、私は、原発についても放射性物質についても、知識がありませんでした。何の教育もされていませんでした。少しでも知識があったならば避けられた被曝もあったのではないかと思うと、とても無念でなりません。経済的余裕がなく、⼦どもたちの持病や実家の両親のことを考えると、全てを捨てて家を離れる判断はできませんでした。

 

3⽉11⽇からライフラインが全てストップしてしまい、給⽔所に⼦どもたちと⼀緒に歩いていったり、買い出しでは外にずっと並んだりして時には⾬に打たれました。数⽇経ってもトイレの⽔も流れないので、⽔道が⽌まっていない市役所にトイレを借りに家族で出かけたことがありました。その時、⽩い防御服を着た集団が市役所に⼊ってきたのを見ました。私は津波被害に遭った⽅々を助けに⾏くのだろうと思いました。でも、今思うと、私たちは、そういう防護服を着なくてはいけないような汚染の中で、何も危険を知らされずに過ごしていたのではないでしょうか。

 

そんな時期に⼩学校では卒業式が⾏われることになり、私たちは歩いて⼩学校に向かいました。正しい情報が出されない状況で、防げたはずの被曝をしたと思います。当時、私は、本当にに危ないなら国は助けてくれるだろうと信じていました。

 

あとで、原発事故直後の空間線量は毎時27マイクロシーベルト〜32マイクロシーベルト程度あったと聞きました。それなのに、外出制限も無かったということは⼤変問題です。

 

2011年6 ⽉に夫の実家で祖⺟の葬儀があり参列しました。親族なので、仕方なく、子どもも連れて⾏きました。夫の実家に⾏く道のりは⼤変線量が⾼く、⾞の中でも毎時1.5マイクロシーベルトを超える場所がありました。その道路は、線量が⾼くても騒がないようにと、地区の代表者から道沿いの住⺠は⾔われていたそうです。復興⾞両が通れなくなると困るからと聞きました。東北新幹線や東北⾃動⾞道も同じ理由で封鎖はできないという話も聞きました。

 

原発事故前の被曝限度を超えるレベルの空間線量なのにもかかわらず、放射線の危険性ではなく、安全性が周知されていました。被曝のリスクは私たちに伝えられませんでした。

 

2011年6⽉、息子が⿐⾎を⼤量にだしました。シーツが⾚く染まりました。市内の⼩学校で⿐⾎を出す児童が増えたということで、対処の仕⽅が学校の「保健だより」に載りました。

 

息⼦は、学校での⼼電図検査で異常が⾒られ、1⽇計器を体につけて測定したりして様⼦を⾒たこともありました。事故当時12歳だった息⼦はもともとアトピー性⽪膚炎を持っていましたが、事故後かなり悪化してしまい、⾼校1年⽣の春休みには⼊院しました。今でも、アトピーなのかよく分からない症状で苦しんでいます。

 

娘は、事故から1年経って右の⾜を痛がり、病院に⾏ったところ、⾻外⾻腫と診断され、次の年、切除⼿術を受けました。中学校1年⽣の冬から、娘は朝起きれない⽇が多くなりました。診断は起⽴性調節障害でした。体調を⼀番に考え、娘と話し合って週3⽇のフリースクールに通うことにしました。

 

夫の趣味は釣りでしたが、原発事故が起きて、海も川も⾏けなくなってしまいました。

 

わが家の庭では、原発事故前、花を植えたり家庭菜園をしたり、夏には⾃宅にテントを張って⼦供たちと外で寝たりバーベキューをしたりしていました。しかし、今では⼀切そういったことができなくなりました。

 

放射能にひどく汚染された今の環境では、細胞のDNAは深刻なダメージを受けます。すでに受けた被曝のリスクは、今後どこに移り住んでも消えません。⼤⼈よりも影響が大きい⼦どもが被曝したと考えると、胸が張り裂けそうになります。あまりにも、親として、⼤⼈として、不甲斐ないですし、悔しいです。

 

福島第1原発の現状も心配です。地震など⾃然災害のチェックをして、福島第1原発の状況を確認するのが私の⽇課になりました。危険がわかったら、今度こそは避難しようと考えたからです。いつでも⼦どもたちのそばに⾏けるように、ある程度⾃由が効く仕事を選びました。フルタイムでの仕事はできなくなり、⽣活は苦しいままでしたが、いつでも動けることを優先しました。いろいろ調べると、政府や⾏政の発表は現実とは違うと感じるようになりました。

 

汚染されている⽣活環境ではなにをするにも外を出ることも、買い物も、⾷べる時も、⽔を飲むことさえ、常に⾃分でアンテナを張って判断をしなければなりません。そんな”普通ではない⽣活“を普通にしないと、⽣きていけないのです。何をやっても、⼼の底から楽しいことが無くなりました。

 

⾃宅の近くの通学路に毎時10マイクロシーベルトを超える汚染があることがわかり、役所に伝えましたが、取り除いてもらえませんでした。理由は仮置き場がない、ということでした。そのままにしておけず、私は⾃分で汚染土を取り除き、⾃宅の庭に保管しました。

 

伊達市は独⾃の除染の方針を作り、2011年の末には年間5ミリシーベルトという基準を決めました。市内には特定避難勧奨地点もあるほど汚染がひどいのに、7割のエリアで⾯的除染をしないことにされました。

 

私は、少しでも早く汚染を封じ込めたいと思い、⾃ら⾃宅の庭などを除染しました。伊達市では、住⺠が⾃ら除染をするよう、推進していました。私も庭を⾃分で除染しました。汚染度は⼟囊袋144袋になりました。次の年もまた除染をしました。

 

平成24年9⽉までに除染して閉じ込めた汚染⼟は、2年間⾃宅庭に保管後、仮置き場に移動してもらいましたが、その後に除染して集めた汚染⼟は引き取ってもらえず今も庭にあります。なので、庭には⼊りたくありません。

 

⾃宅のカーポート前の汚染は、5年前で52万ベクレルにのぼり、毎時5マイクロシーベルトありましたが、それでも除染対象にはなりませんでした。除染対象地は宅地のみで、屋根も⾬樋も除染対象ではありません。汚染がある可能性がある天窓は開けられなくなりました。

 

伊達市は、全住⺠を対象に、健康管理と称し、個⼈線量計を配布しました。そして、内部被ばく検査を実施して、被曝のデータを集め、住⺠に許可なく、そのデータを外部の研究者に提供して、論⽂を書かせました。その論⽂は、不正に入手した個⼈情報をもとに分析したもので、データの改ざんも疑われるものでした。そもそも、⼤半の住⺠は、個⼈被ばく線量計をちゃんと装着せずに生活していたので、装着を前提に論文を書いても意味がないのです。このようなズサンなデータをもとに、論⽂は、空間線量が毎時0.6〜1マイクロシーベルト以上でも個⼈被曝線量は年間1ミリシーベルトにはならない、除染をしても効果はない、と決めつけてしまいました。これは、被曝を過⼩評価するものであり、住民にとっては⼈権侵害以外の何者でもありません。この問題は、今も追及を続けています。

 

同じ地区の⽅が⽩⾎病になられたり、今まであまり聞いたことのない胆管癌が何⼈も発症したりしています。事故前とは何か違うと思わざるをえません。

 

今も「原⼦⼒緊急事態宣⾔」が出されたままなのにもかかわらず、その異常事態が私たちの「⽇常」になっています。このまま、住⺠の⼈権を無視した「復興」が進められ、異常な⽣活が「普通」だということにされてしまいそうで、不安です。私たちの生活は、切り捨てられたままです。

 

この苦しみは、これからも続きます。

 

この裁判で、原発事故を引き起こした国と東京電力の責任の追及がなされることを望みます。

以上

 

【今後の裁判期日について】

福島原発被害東京訴訟では、今後下記のとおり裁判期日が予定されています。裁判終了後は、近くで報告集会も予定されています。

 

是非傍聴をお願いします。

 

第6回期日 2019年12月4日(水)午前10時30分~ 東京地方裁判所1階103号法廷

第7回期日 2020年3月4日(水)午前10時30分~ 東京地方裁判所1階103号法廷

 

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福島原発被害東京訴訟第2陣訴訟・第5回期日のご案内

写真の説明はありません。

福島原発被害東京訴訟第2陣(3・4次訴訟)第5回期日(9月4日)の傍聴をお願いします。

★日時:2019年9月4日(水)10時30分開廷
★場所:東京地方裁判所103号法廷
(千代田区霞が関1-1-4 地下鉄霞が関駅A1出口すぐ)

※法廷では、原告ご本人1名(被ばくに関する論文不正問題に取り組んでいる伊達市の被害住民の方です。)と弁護団による意見陳述を予定しています(30分ほど)。

※傍聴券は不要です。裁判所に入る時に手荷物検査がありますので、開廷時刻の15分ほど前までに裁判所に来て手荷物検査を受けてください。

※期日に先駆けて、裁判所正門前では、9時30分ころから、原告らのスピーチが行われますので、是非、そちらにもご参加ください。

★原告団から
私たち東京訴訟は、皆さまの応援に支えられ、2018年3月の第1陣の判決では、晴れて国と東京電力を断罪する勝訴判決を得ることができました。しかし、その判決の中身は、私たちが納得できるものとはまだまだ遠く、特に損害については、私たちの想いが裁判所に届いていないことを思い知る内容でもありました。今後、ますます想いを強め、司法に、国民に広く訴えていきたいと思っております。
そんな中、東京地裁では、昨年7月から第2陣の審理が始まりました。第2陣の原告には、東京在住の避難者だけでなく、福島県内(田村市早稲川地区、中通り地域)の被害住民や、放射能汚染が深刻であるにもかかわらず全く賠償がなされていない栃木県北部(那須地域)の被害住民が共に加わっています。もうすぐ、あの原発事故から8年半が経ちます。私たち原告は、あの日どこにいたのか、どんな仕事をしていたのか、避難したのか、故郷にとどまったのか、それぞれ違いますが、国と東電に原発事故の責任をとらせる、その目標のためにこの裁判を共にたたかっています。
9月4日の期日には、多くの原告が参加します。どうか、傍聴で応援してください。

★報告集会:
時間:裁判終了後(11時ころ)に移動します。
会場:弁護士会館5階 508ABC会議室(裁判所東側日比谷公園寄りの建物)

★問い合わせ:福島原発被害首都圏弁護団(03-5362-0138 オアシス法律事務所内)

福島原発被害東京訴訟・1陣訴訟(東京高裁)の裁判期日のご案内

昨年3月16日に東京地裁で判決が下された福島原発被害東京訴訟の1陣訴訟は、その後原告・被告双方から控訴の手続がなされ、舞台は東京高等裁判所に移されました。

そして、この控訴審の裁判期日が決まりましたので、お知らせいたします。

控訴審第1回期日:2019(令和元)年10月17日(木)午後2時~

控訴審第2回期日:2020(令和2)年1月24日(金)午後2時~

場所はいずれも東京地方(高等)裁判所1回の101号法廷です。

なお、いずれも裁判期日の終了後に報告集会を予定しています。

報告集会の時間や場所は、追ってご連絡いたします。

是非、多くの皆さまに傍聴をお願いいたします。

 

▽問い合わせ先=〒160-0022 東京都新宿区新宿1-28-3 TSG御苑ビル3階
          オアシス法律事務所内 福島原発被害首都圏弁護団/
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福島原発被害東京訴訟・第2陣訴訟第4回口頭弁論期日のご報告

画像に含まれている可能性があるもの:2人、立ってる(複数の人)、室内

去る5月29日、東京地裁103号法廷で、福島原発被害東京訴訟・第2陣訴訟の第4回口頭弁論期日が開かれました。

 

この日は、栃木県の県北地域(那須塩原市)に住むある女性の原告(原告番号C1-1)が、法廷で意見陳述を行いました。

 

栃木県の県北地域は、福島県に隣接する地域であり、実は、原発事故の放射線被ばくを相当程度受けている地域です。

 

しかしながら、実際にはまったく被害の救済がなされていない地域です。

 

福島原発被害東京訴訟では、福島県からの避難者の他、福島県内の放射能汚染地域に居住する原告(いわゆる滞在者)もおり、さらに、福島県以外の栃木県北地域の住民も原告になっています。

 

今回の裁判では、上記の原告は、福島原発事故後の栃木県北地域の被害について、克明に意見陳述を行いました。

 

以下で、その意見陳述の内容を以下で紹介します。

 

【原告番号C1-1の意見陳述】

 

2011年の東日本大震災・福島原発事故発生当時、私は栃木県那須塩原市の自宅におりました。私の両親と末の三男と一緒に住んでおり、長男・次男は留学中でした。三男は、幼稚園の卒園を控え、既に春休みに入っていましたので、自宅におりました。

 

3月17日が卒園式でしたが、2日前の15日に福島第一原発の3号機が爆発を起こしたのを映像で見たので、家の外へ出して卒園式へ参加させるか非常に悩みました。当時、家の周辺、市内の放射線量がどのくらいなのか、どのくらいの放射性物質が飛んできているのか、わからなかったからです。息子の通っていた幼稚園から、原発事故に配慮して、室内だけで時間を短縮して卒園式を行うとの連絡があったので、マスクをし、園までは車に乗せて、息子を出来るだけ外へは出さないように卒園式に参加させました。

 

その後いくら待っても、東京電力から原発事故についての説明はありませんでした。市や学校は「大丈夫」と言うばかりで、やはり具体的な説明はありませんでした。「大丈夫だから、通常通りに学校に子どもを通わせるように」と言われても、どう大丈夫なのか、確信が持てないことをできるはずもありません。原発事故に伴う放射性物質の降下物もありますので、三男には5月の運動会の練習をさせず、室内待機をさせていました。そんな中、原発事故の状況や自分たちの環境を心配した他の保護者とともに、状況を把握し、子どもたちの安全を図るべく、6月最後の日に市民団体を立ち上げました。

 

栃木県が6月になってようやく放射線の測定を始めました。驚いたことに、校庭の線量が1μSV/hを超える学校もありました。しかし、部活動は普通にしていましたし、プールのお掃除も子どもが胸までつかってする学校もありました。みんなが状況を把握して、納得した上でやっているとはとても思えなかったので、学校、市教委、市と話をしようと伺いましたが、「文科省が大丈夫と言っている」「国が大丈夫と言っている」と言って、最初は取り合ってもらえませんでした。そこで、市民団体を立ち上げ、同時に、校庭の表土除去を求める署名活動を始めたのです。

 

原発が危ないとのニュース聞いた3月12日から、3月・4月中は、計画停電の中で、放射線や放射性物質に関する知識を得るため、必死にネット検索をしていました。チェルノブイリ原発事故での汚染の広がり方から風向きと地形の関係性を那須塩原市へ指摘し、線量を測定して把握するまでは単純に大丈夫とは言えないと抗議しました。後から知ったことですが、その時、国は放射線量の実態を那須塩原市の住民に知らせることなく、ただ、大丈夫とだけ伝えられたのですが、何故そうしたのか、今でも理解できません。パニックを避けるためと有識者のお話を伺ったことがありますが、パニックを起こしていたのはむしろ国であると思います。

 

私は、どんな状況で今後も同じ地域に住めるのか、状況判断と安全対策のために必死で勉強して、その間にも息子が緊急な危険にさられているかもしれないので、夏には海外へ避難させていました。

 

今でもよく覚えているのは、3号機が爆発した後、冷却水が注入されるまで、いつまた爆発するから解らない状況の中、ガソリンも不足していたり、東北の津波での混乱と物資も不足して、いつ避難しようかと、避難できるのだろうかと、我が子の寝顔を見ながら必死に考えていたことです。かろうじて様子を見るにとどまったのは、コンクリートが放射線の遮蔽物になることは広島・長崎での原発事故に関しての本を子どもの頃読み、そのことを覚えていて、そして我が家がたまたま鉄筋コンクリートの家であったからです。原発から100kmあれば、少なくとも即死は免れるだろうとも考えたからです。

 

それとよく覚えているのは、卒園式のあった3月17日の夕方、食器を洗おうと水道水を出すと、水を流し始めてから数秒後に一気に水が硬くなったのを感じました。水がおかしいと感じて、手をひっこめたのを覚えています。シャワーの水も同じような感じでした。それから2日くらいして手の皮がむけ、やがて、全身垢すりでもしたかのように皮がポロポロと剥けだしました。それは1か月ほど続きました。足の裏の皮は、3か月近く剥けていたと思います。これは水道水に混じった放射性物質に直接触れたことにより起こったことではないかと疑っています。同じ市内の近くに住む友人も、水道水がおかしいと言い、同じように手の皮がぼろぼろになったと言っていました。後に放射線の専門家とお話する機会が何度かありましたので、この話をしたところ、放射性物質に直接触ってしまったことで起こり得ることではあると思うとの意見をいただきました。また、息子は当時、鼻血がよく出ました。それも、放射性物質を吸い込んで鼻の粘膜に付着したためではないかと思っています。大人でも、除染の為屋根を掃除した方や、原発事故当時ずっと屋外に居た方が、やはり鼻血を出したと聞いています。

 

放射線の被ばくでは身体への影響が最もこわいです。実際、体の異変も感じていたので、甲状腺のエコー検査は、2012年から受け、2013年からは自分たちが主催団体になって実施しています。

 

原発事故から4年くらいまでは、東電はいつ説明に来るのだろう、謝罪はするのだろうかと考えていました。国も政権が代わって、改めて説明に来るのではないかと思っていました。しかし、それもなく、8年の歳月が経ちました。原発事故は、結局福島県だけの問題とするように見えます。これまで市や県が講じた対策以外に、国、東電からの説明も今後の対策・対応の話もありません。

 

しかし、原発事故は福島県だけの問題ではありません。放射性物質による汚染は、県の境を超えて、栃木県にも及んでいます。現在も、庭の山菜やキノコは食べられません。市が私の自宅周辺を除染した際に出た放射性廃棄物も、ずっと庭に埋められたままです。国策として行って来た原発事業が、事故を起こし、その後の対策が市町村任せというのはあまりにもずさんだと言わざると得ないと思います。

 

原発事故後の対応を東電に問い合わせたこともあります。「今のところ福島県の方だけの対応で、今後対応の枠が広がればお知らせ致します。」といった内容でした。枠も何も、庭で栽培していた原木しいたけはキロあたり900ベクレルもあって食べられません。それも雨を含んで散々膨らんだ状態のものを測定して、です。市場に出回るサイズのしいたけを測定したなら、キロあたり1000ベクレルは超えると思います。それも直ぐに測定するのが怖かったので、原発事故後3年目に測定したものです。もう庭でしいたけは栽培しても食べられないので、その後原木ごとしいたけは放置し、その後市が自宅を除染する際に一緒に庭に埋めてもらいました。

 

私の自宅周辺は林なのですが、市に除染して頂いた自宅の周り以外、周辺の林に入ると今も平均して、0.4μSV/hほどあります。付近の山菜は出荷停止になるレベルの放射性物質を含んでいます。息子は庭で遊ぶこともなく、小学生時代を過ごしました。外遊びをするには、線量のより低いところへ連れて行きました。現在も原発事故当初と同じ場所に住んではいますが、山菜等は食べられません。家庭菜園は、原発事故後に放射性物質の野菜等への移行を防ぐ方法を必死に学び、事故後3年してからやっと再開しましたが、定期的に作物のベクレル量の測定をしないと食べられません。今後も気が抜けないことを考えると、移住も考えざるをえないと思っています。原発事故前は、庭でできる農作物や山菜、きのこを毎年楽しみして暮らしていたのですが、畑のものは定期的に測定する負担が大きく、山菜やきのこは見つけても食べられません。原発事故前と暮らしが全く変わってしまい、大変悔しい思いをしています。

 

原発事故当時の話になると、放射線の測定もしていないのに、子どもを外へ出してしまったなどの後悔の声は今もお聞きします。少ないからいいとか、このくらいなら大丈夫という問題ではなく、無用に被ばくする必要はなかったはずです。原発事故後しばらくの間、栃木県の私たちに放射能汚染の実態を伝えられなったことは、人権の無視だと感じました。私は、汚染状況の把握と今後の対応を質問しに学校を訪ねたときには、「自己責任」と言われました。「国が大丈夫だと言っているのだから、心配するのはおかしい」という風潮もあって、保護者の中には、心配しながらも、「心配だ」とすら言えず、ただ子どもを見守るしかなかった人もいます。国が汚染状況を率直に説明をしなかったことで生じた混乱や軋轢は、見逃せないものがあると思います。

 

放射性物質が降ってきて食の安全が脅かされ、身体に異変を感じ、庭にはまだ残る放射性物質。そして、私の住む地域で除染などで出た放射性物質の行き場は決まらず、問題は解決していません。それに加えて、今後も、食べ物の安全をそのつど確認しながら、健康被害を気にしながら、生活していかなくてはなりません。こうしたことに謝罪どころか、一度も説明がなく、汚染などへの対応に費やした時間や費用には何の償いもありません。責任の所在もうやむやのままです。こんな状態の国をこのまま次の世代に渡すのは、大変申し訳なく、耐えがたいものがあります。

 

私たち栃木県北地域住民の被害を認めていただき、責任の所在を明らかにして頂きたいと思います。

 

【今後の裁判期日について】

福島原発被害東京訴訟では、今後下記のとおり裁判期日が予定されています。裁判終了後は、近くで報告集会も予定されています。

 

是非傍聴をお願いします。

 

第5回期日 2019年9月4日(水)午前10時30分~  東京地方裁判所1階103号法廷

第6回期日 2019年12月4日(水)午前10時30分~ 東京地方裁判所1階103号法廷

 

▽問い合わせ先=〒160-0022 東京都新宿区新宿1-28-3 TSG御苑ビル3階
          オアシス法律事務所内 福島原発被害首都圏弁護団/
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