去る10月25日に行われた福島原発被害東京訴訟の結審期日。原告2名と弁護団3名の意見陳述が行われました。今回は、吉田悌一郎弁護士による、損害論に関する意見陳述(特に、区域外避難者の受ける被害について)をご紹介します。
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1 本件訴訟の原告は、そのほとんどが、いわゆる政府による避難指示を受けなかった地域からの避難者、つまり区域外避難者である。本件訴訟においては、いわゆる原告番号制がとられ、ほとんどの原告は、自分の名前を出して被害を訴えることができない。この被害者が「声を出せない」ということが、区域外避難者の被害の最大の本質的な特徴である。
被害者が声を上げることができない最大の理由は、被告国や被告東電が、避難指示の内外で被害者の線引きを行い、区域外避難者の被害の切り捨てを行ってきたことにある。そのため、区域外避難者は、避難指示区域内からの避難者とは異なり、これまで被告東電からほとんど賠償金の支払いを受けることがなかった。だから、区域外避難者は、避難生活を続けること自体に大きな経済的困難が伴っている。
しかし、それだけではない。被告らによる区域外避難者に対する線引き政策のために、区域外避難者は一般的に「自主避難者」などと呼ばれ、「政府が避難を指示していないにもかかわらず、勝手に逃げた人」などといった間違ったイメージを徹底的に植え付けられた。その結果、世間の心ない人たちから、たとえばインターネット上で「税金泥棒」とか「エセ避難者」などと言われ、理不尽な誹謗中傷を受けることがある。その結果、多くの区域外避難者は、自分が原発事故の被害者なのだと公言することを躊躇し、声を閉ざしてしまうのである。
2 これまで、本件と同様に区域外避難者の被害が争点として争われた主な判決として、特に今年に入ってから、3月の前橋地裁判決、9月の千葉地裁判決、そして先の10月10日の福島地裁判決がある。しかし、残念ながら、これらの判決はいずれも、一定の範囲で区域外避難者の合理性を認めたものの、その被害をきちんと正面から受け止めたものとは言えず、区域外避難者の救済という観点からは極めて冷淡な判決となっている。特に、9月22日の千葉地裁判決は、区域外避難者の損害に関する冒頭の部分で、「避難指示等によらずに避難をした人々は、避難前の居住地から避難を余儀なくされたわけではなく、居住・転居の自由を侵害されたという要素はない」と断言している。これは、区域外避難者の被害というものに対して、大変な無知・無理解に基づくものであり、その点では、極めて不当な判決であると言わざるを得ない。
3 この千葉の判決が言うように、区域外避難者は、本当に避難を余儀なくされたとは言えないのだろうか。原告らは今回、福島の避難元(政府による避難指示区域外)の自宅の庭やその周辺などの、土壌の放射能汚染の調査を丹念に行った。その結果、調査を行った原告に関わるほぼすべての場所について、いわゆる放射線管理区域の指定基準となる1平方メートルあたり4万ベクレルを超える放射能が計測された。4万ベクレルどころか、10万ベクレルを超える場所も決して珍しくはなかった。放射線管理区域は、厳重に人の立ち入りや飲食などが制限される場所であり、放射線防護のための厳重な管理が施される区域である。つまり、原告らの避難元の自宅敷地などは、この放射線管理区域の内部と同等以上に放射性セシウムによって汚染されているのである。
このような場所は、本当に安全なのか。このような場所に、原告たちは帰るべきだと、避難を続ける必要はないと、言い切れるのだろうか。このような土壌汚染が深刻な場所で、たとえば庭の手入れをしたり、子どもが庭で土いじりをして遊んだりすれば、チリやホコリなどを吸い込むことで内部被ばくしてしまう危険性もある。このような危険な場所からは避難したいとか、せめて子どもだけは遠ざけたいと思うのは、極めて合理的な感覚なのではないだろうか。
4 区域外避難者は、何も好き好んで長年避難生活を送っているわけではない。区域外避難者に対しては、被告東電から賠償金がほとんど支払われていないこともあり、多くの区域外避難者は、生計維持者である夫が避難元に残り、母子のみで避難生活を送っているケースも少なくない。特に子どもの被ばくなどを避けるために、やむにやまれず家族がバラバラの避難生活を余儀なくされているのである。
ある母子避難の原告は、4歳の息子さんが支援者から500円のお小遣いをもらったときに、その4歳の子どもはそのお金を持って真っ先にお母さんの所に来て、「ねえ、お母さん、このお金、お父さんにあげて。このお金があるからお父さんに仕事辞めてもらって、みんなで一緒に暮らそうよ。」と言った。4歳の子どものこの言葉を聞いたときが一番辛かったと母親は言っている。
得てして、一番弱い立場にある子どもなどに、より大きな被害が及ぶことも多い。昨年から今年にかけて、原発事故の避難世帯の子どもが、避難先の学校でいじめに遭うというケースが相次いで報道されている。たとえば、本件原告世帯の中にも、子どもが学校で同級生から「お前、福島から来たんだってな。福島から来た子は白血病になってすぐ死んじゃうらしいじゃないか。」と言われ、それを聞いていた学校の先生が、何と「そうね。中学生ぐらいになって死んじゃうんじゃないかしら。」などと言った。それがきっかけで、その子は学校でいじめの対象になった。「どうせ死んじゃうなら今死んでも同じだろ」などと言われ、学校の階段から突き落とされたこともあった。その子が中学生になってからは、同級生から「避難者は貧乏だよな。貧乏。貧乏。」と言われ、「そんなことないよ。普通だよ。」というと、「貧乏じゃないならおごれよ。」などと言われ、同級生からお金を脅し取られたということがあった。
区域外避難者が原発事故の被害者としてきちんと世の中に認知されていないために、その子どもたちが避難先の学校で悪質ないじめを受けるということにもつながっている。最近では、子どもが学校でいじめられるのを防ぐために、学校で自分たちが福島からの避難者であることを隠しているという話もよく聞かれる。
5 このように、区域外避難者たちは、被ばくの不安のある避難元に帰ることはできず、そうかといって、避難生活を続けることについての支援はほとんどなく、世間の理解もなく、まさに孤立無援の状態に置かれている。この法廷でも証言していただいた、早稲田大学人間科学学術院教授で精神科医の辻内琢也氏は、このように社会から棄てられ、ネグレクトされ、社会的孤立に追い込まれている状態を「社会的虐待」と表現している。
この裁判は、こうした区域外避難者たちの被害をどのように把握し、受け止め、これまで切り捨てられてきた区域外避難者をどのように救済するかということが、正面から問われている。
被告国は、これまで長年にわたって電力会社と二人三脚で国策として原発を推進してきた。また、今回原発事故を起こした被告東電も、これまで原発を自らの利潤追求の手段として利用し、莫大な利益を上げてきた。
この裁判では、今回の原発事故の加害者である被告東電と被告国の加害責任を明確にした上で、まさに「社会的虐待」といった状態に追い込まれている区域外避難者に対し、適切な被害救済を行うことが、いわば司法の使命として求められている。間違っても、「声を出せない」被害者たちに、泣き寝入りを強いることがあってはならないのである。
以上