結審期日の意見陳述~その3

去る10月25日に行われた福島原発被害東京訴訟の結審期日。原告2名と弁護団3名の意見陳述が行われました。3番目は、平松真二郎弁護士による、被告国と被告東電の法的責任論(本件原発事故を起こした過失責任)に関する意見陳述をご紹介します。

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1 福島第一原発事故は,被告国と被告東京電力が,一体となって,地域住民の平穏な生活よりも,原子力事業者の経済的利益を優先させ,「安全神話」を喧伝する一方で事故の隠ぺいを繰り返しながら,原発を積極的に推進してきたがために引き起こされた人災にほかなりません。
そして,被告らは,日々蓄積されてきた津波を引き金とする過酷事故の知見にもかかわらず,津波対策に要するコストという経済的利益を優先させて,あえて知見が示す過酷事故の危険性から目を背け続けてきました。このような過酷事故のリスクを示す知見を意図的に無視してきた被告らの故意にも匹敵する重大な過失によって引き起こされた本件原発事故は,史上最悪の公害事件です。
私からは,被告らが,本件原発事故を引き起こした法的責任を負っていることについて述べます。

2 我が国に原子力発電が導入された当時,原子力発電は研究開発途上の未成熟な技術でした。また,原子力発電施設を建設し,維持運営し,廃棄するために巨額のコストを要することから原子力発電事業が利益を生むものであるか不確実なものでもありました。さらに,ひとたび原発事故が発生した場合の損失が甚大であって損害保険が成立しない経済合理性を欠く巨大技術でありました。にもかかわらず,被告国は,積極的に原発の導入を押し進めてきました。
原発導入のために,本来,原子力事業者が負担すべき放射性廃棄物の処理コスト,事故に対する損害賠償リスク,反対運動に対する立地上のコスト等,原発の設置運営に不可避的に伴う各種のコスト・リスクを国が肩代わりして負担するなど,国策として民営の原子力事業者に担わせる体制のもと,被告国と被告東電を含む原子力事業者が不可分一体となって原発を推し進めてきました。
原発を推進するためには,広島・長崎,そしてビキニという被ばく体験のある我が国においては,原発の安全性を喧伝することが必要となり,本,映画,テレビ番組,雑誌,ビデオなどの視聴覚資材が活用され,被告らが一体となって「安全神話」を定着させるための宣伝を続けてきました。

3 被告らが「安全神話」を振りまくその陰では,事故が続出していました。被告東京電力を含む原子力事業者は,まさに「安全神話」が「神話」であることが露見しないよう「事故隠し」を続けてきました。
被告東京電力でも事故隠しが頻発し,その隠ぺい体質はこれまで何度も指弾されてきました。福島第一原発でも,原子炉格納容器の検査結果の虚偽記載を隠ぺいしたことで1年間の運転停止の処分を受けています。
国内外で,原発事故が続発し,事故隠しの発覚も相次いだにもかかわらず,被告らにおいて,充分な事実解明・原因究明がなされることもなく,再発防止策も講じられることもなく,事故の責任が明確化されることもなく,次の事故を防ぐための教訓としていかされることもないまま,被告らは一体となって原発を推進し続けてきました。

4 被告らは,本訴訟において,要するに,想定外の津波が襲来したから本件事故が起こったのだ,津波対策をしていたとしても本件事故を回避することはできなかったのだと主張しています。
「安全神話」を振りまく中で,万が一にも事故を起こさないよう事故のリスクの徴候をとらえて安全対策を行うべき立場の被告らがあえて事故リスクの徴候を無視し続けてきたことを覆い隠し,法的責任を免れようとする見苦しい弁解と断ぜざるを得ません。また,被告らによる原発推進が極めて無責任な体制の下で進められてきたものであることを被告ら自ら自白したものというほかありません。

5 敷地及び建屋への浸水が全電源喪失事故をもたらすことは1990年代から明らかでした。福島第一原発でも,1991年,原発施設内部の配管からの海水漏えいにより,1・2号機共用非常用ディーゼル発電機が機能停止するという溢水事故がありました。本件事故当時福島第一原発の所長であった吉田昌郎氏は,政府事故調の聴取に際して,1991年事故について,「あの溢水を誰が想定していたんですか。あれで冷却系統はほとんど死んでしまって,DGも水に浸かって,動かなかったんです。……ものすごく水の怖さがわかりましたから,例えば,溢水対策だとかは,まだやるところがあるなという感じはしていました」と述べています。
しかしながら,溢水対策は不十分なまま放置され,この事故から得られた教訓が生かされることはありませんでした。
その後,国外の原発事故を通じて浸水に対する電気設備,冷却設備の脆弱性に関する情報が集積していました。被告国及び被告東電を含む原子力事業者は,2006年,共同して「溢水勉強会」を開催し,津波によって非常用海水ポンプが機能を喪失し炉心損傷に至る危険性や敷地高さを超える津波によって建屋へ浸水すると全交流電源喪失に至る危険性があるとの認識を共有するに至っていました。

6 1993年7月に発生した北海道南西沖地震に伴う奥尻島の津波被害を契機として,地震津波防災のために,地震・津波の想定を,従来の「既往最大」に限定するのではなく「現在の知見に基づいて想定し得る最大地震」をも想定に取り入れることが求められるようになりました。そして,1999(平成11)年3月,国土庁(当時)は,「現実に発生する可能性が高く,その海岸に最も大きな浸水被害をもたらすと考えらえる地震を想定」して,福島第一原発の立地点においては,海岸部で最大8mの津波高さが想定され,福島第一原発の敷地上に遡上した津波によって2~5mの浸水深をもたらすという津波浸水予測図を公表しました。
この予測を知った被告らは,意思を通じて,原子炉施設の津波に対する安全規制・津波防護措置の実施しないことを決め,被告国は規制権限行使を懈怠し,被告東電は津波防護対策を先送りしてきました。

7 さらに,1995年1月の阪神淡路大震災をきっかけに起こりうる地震の長期予測が行われ,2002(平成14)年7月に公表された三陸沖北部から房総沖までの日本海溝沿いの「長期評価」では,どこでも巨大な津波を引き起こす津波地震が発生し得ること,明治三陸地震と同程度のM8クラスの津波地震が発生する確率が今後30年間で20%とされていました。
被告東京電力は,2008(平成20)年4月になって,「長期評価」が示した明治三陸地震の波源モデルを福島県沖の日本海溝寄りに設定し,「津波評価技術」の手法を用いて津波浸水予測の計算を行いました。その試算では福島第一原発の敷地南側で津波高さがO.P.+15.7mとなり,1~4号機立地点では敷地上の浸水深が1~2.6m程度に達するとの推計結果が示されました。
これは2008年に行われた推計ですが,「長期評価」及び「津波評価技術」が公表された2002年当時に行うことが可能でした。被告国側の証人として千葉地方裁判所で証言した佐竹健治氏も「波源を福島県沖に設定して,計算をすることは可能」であって「数値自体は信頼できるもの……それなりの精度を持っている」と証言しており,推計が2002年当時に可能であったことを認めています。
被告らは敷地高さを超える津波は想定外であると強弁していますが,「長期評価」が公表された2002年7月以降,推計に要する時間を見積もっても2002年中には,福島第一原発の立地点において敷地高さ(O.P.+10m)を超える津波が襲来するおそれがあることが予見できたのです。

8 2002年には福島第一原発に敷地高さを超える津波が襲来することを予見することができ,2006年には溢水勉強会を通じて津波による浸水が全電源喪失による過酷事故をもたらすことも認識していたのですから,原発の安全規制を担当する経産大臣は,万が一にも原発事故を起こすことがないよう権限を行使すべき義務を負っていました。経産大臣が法令に基づいて,津波による全電源喪失,冷却機能喪失による過酷事故に至らないよう求める安全規制をしていれば,被告東京電力が,全電源喪失対策として,①直流バッテリーの準備など直流電源を確保する方策,②可搬式交流発電機の準備など交流電源を確保する方策,③電源車の準備など高圧交流電源を確保する方策,④RHRS代替用の水中ポンプの準備など最終排熱系を確保する方策を行い,さらに全電源喪失状態を想定した訓練を行っていれば,本件事故に際しても原子炉を冷温停止に至らせることができたと考えられることは本法廷で実施された吉岡律夫証言によって明らかになっています。
被告らは,吉岡証人らが示している措置では本件事故結果を回避することはできなかったと主張しています。被告東電において,本件事故直後,福島原子力事故からの教訓に基づく直接的な津波対策を公表していますが,そこでは「すべての電源を喪失した場合の代替手段が十分整備されておらず,その場で考えながら対応せざるを得なかった」ことを教訓として挙げ,「電源供給手段の強化」「発電機車,電源車の配備,緊急用高圧配電盤設置」「蓄電池増強」を津波による全電源喪失対策として掲げられています。これらは吉岡律夫証人が指摘した具体的な全電源喪失対策に重なるものです。被告東京電力が本件事故から得られた教訓として挙げられていることからしても,吉岡証人が指摘した措置を講じることは技術的に十分可能であって,本件事故結果を回避するために有効であったことを裏付けるものです。
なお,本当に被告らが主張するように全電源喪失対策を施していても本件事故結果を回避できなかったとすれば,もっとも有効な事故結果回避措置は原子炉を停止させておくことだったことになります。安全を確保することができない原発を稼働させておくことは無責任の極みであって被告らの主張は自ら負っている原発の安全性に対する責任を放棄した無責任な弁解というほかありません。

9 本件原発事故による被害の深刻さにかんがみると,敷地を超える津波を予見できた2002年,遅くとも津波による浸水が全電源喪失事故を引き起こすことを認識した2006年までに,被告国が津波対策をとるよう規制権限を適時かつ適切に行使していれば,本件原発事故を防ぐことができました。このような被告国の規制権限行使の懈怠は,著しく不合理なものであって,国家賠償法1条1項の適用上,違法として賠償責任を負うことになります。
そして,被告国と被告東電は意思を通じて,被告国は津波に対する安全規制を懈怠し,被告東電が津波防護対策をとらないまま原子炉の運転を継続することを容認してきたのですから,両者の行為は不可分一体のものであって,被告国の主体的責任が問われるべきであって,被告国の責任が事業者に次ぐ2次的補充的なものにとどまるものではありません。

10 先ほど述べた通り,被告東京電力は,2008年4月には,最大O.P.+15.7mの津波が福島第一原発の敷地に襲来するとの推計をしており,同年6月頃には,敷地上に防潮堤を設置する必要が指摘されるに至っていました。
しかしながら,被告東電は,2008年夏,防潮堤の設置には数百億円規模の費用がかかることを理由に,会社の方針として,試算結果を無視して津波対策をとらないことを決めました。その結果,被告東電は,2011(平成23)年3月に本件事故に至るまでの間,3年の間,何らの津波対策もとることはありませんでした。
すなわち,本件事故は,被告東京電力が津波の予見を意図的に無視してきた故意にも匹敵する重大な過失により引き起こされたものなのです。

11 本件事故は,想定外の津波によって引き起こされてしまった不可抗力による事故などではありません。
本訴訟において,被告国は,原発施設の安全性につき,万が一にも事故が生じないように,適時にかつ適切に規制権限を行使しなければならない義務がありました。被告東京電力は,万が一にも原発事故が発生しないように積極的に対策を施すべき高度の注意義務を負っていました。にもかかわらず,被告国と被告東京電力はいずれもその義務をあえて怠り,本件原発事故を引き起こしたのですから,被告らが法的責任を負うことは明らかです。
そして,被告らの注意義務違反の悪質性も踏まえたうえで,本件事故の被害者に生じている甚大な被害の回復が図られるべく,公正な判決が下されることを確信して私の意見陳述といたします。

以上

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